フィレンツェからヴェネツィアに向かう電車のなかでガイドブックをめくっていて、活版印刷の工房を見つけた。

活版印刷による蔵書票やカードの写真が載っており、“博物館のような工房がある” と書いてある。行ったことのない街の地図を見て、行ったことのない店の場所をなんとなく確認する。

窓の外には海が見えてきた。電車の窓から海が見えるといつもうれしい。

海の先に街が、オレンジ色に盛り上がっている。

というわけで、サンタ・ルチア駅に着いた。

サンタ・ルチア駅を出たところに、水上バスのチケット売り場があるが、それはそれは長い行列ができている。ようやくチケットを買ったらば、さっきから見えてはいたのだが、目の前の水上バスの駅(Ferroviaという停留所)に人があふれかえっている。ホテルに行くには水上バスに乗るほうがよさそうだったから、いろんな国から来た人たちとスーツケースと一緒に水上バス乗り場であふれかえって待つ。

ヴェネツィアに行ってみるまでは、「水上バスっていったいどんなものなのか」と、そのわかりやすい言いまわしとは裏腹に、さして具体的なイメージが沸いていなかった。わたしにとって馴染みのあるバスは陸を走るものであるし、そのバスが走るところの道っていうものは、たいがい人間が舗装したものであるし、車体が長くて車高が高くて、車だから信号では止まり、降りる駅が近づいてきたら、大人も子どもも紫色の明かりの下のボタンを押すものである。小さいときにはいつもどきどき嬉しい気分で押していたその停車ボタンにいつの間にか慣れてしまって、誰かが押すだろうと思ってぼんやりしているとその日は誰も押さない日で、バス停で待っている人もおらず、通り過ぎて、次のバス停まで思いのほか距離があった際の、降りてからまさにいまバスで座って通ってきた道を徒歩で引き返すときの気分は、重い。ただ、あのおもちゃのようなボタンを押しさえすればよかったのに、人差し指で。その代わりに目的もなくスマートフォンをスクロールしていたせいである。

それでいざヴェネツィアにやって来てどきどき待った末に乗った水上バスは、運河や海を行ったり来たりしている船で、デッキに立って風に吹かれても船内の椅子に腰をおろしてもよく、水に浮いているので当然揺れ、それでなかなかの頻度でやってくる、便利な乗り物であった。降りるときは例のバスのようにボタンを押す必要はなく、男性の声で次の停留所名が連呼されるので、耳を澄まして降りる心づもりをしておけばよい。水上バスと呼んでいるところのこの乗り物をイタリア語では “vapoletto” と言うが、これはもともと蒸気船のことだそうである。

1786年~1788年にかけてイタリアを旅したゲーテがのちにまとめた『イタリア紀行』の、ヴェネツィア滞在の部分では、船のことがたびたび出てくる。

大運河によって分かたれているヴェネツィアの二つの主要な部分は、たった一つのリアルトー橋*1によって互いに連絡されている。しかしまた一定の渡し場には渡船の備えがあって、諸所の交通に事欠くこともない。今日は着飾って黒い面被(ヴェール)をつけた婦人が、お祭りのある首天使の寺院*2へ行こうとして、たくさん群をなして渡してもらっているので、見事な風情であった。私は橋を去って、船からあがってくる人々をよく見るために、そうした渡し場の一つへ出かけて行った。その中には実に美しい顔や姿の人がまじっていた。

*1 1854年に至るまで運河に懸けられていた橋はこのリアルトー橋のみだったのである。
*2  市の北方聖ミケレ島上にあるミカエル寺院。後に1813年以来この島はヴェネツィア市の墓地となった。

(ゲーテ『イタリア紀行(上)』相良守峯訳、岩波文庫、1942年)

こんにち運河には4つの橋がかかっているけれど、橋のないところで、運河の反対側に行きたいときの渡し船はいまもあって、”traghetto”というそうだ。
わたしはvapolettoのほうにばかり乗っていて、渡し船には乗ることがなかった。

さて、水上バスを降り、小さな階段つきの小さな橋を越えたり、その下を通ってゆく噂のゴンドラというものを目撃したり、磯の匂いのする、壁に貼られたポスターも湿って滲んでいるような薄暗い通りを抜けたりしてホテルへ着いた。

目印は、アーチ型の正面扉を囲んでアーチ状にくりぬかれた壁の頂点についているおじさんの顔。真正面にくっついているのだから、神話由来の守り神的な、いわれのあるおじさんなのだろうけれど、ポセイドンさんかも知れないけれど、特に説明はなく、豊かなひげと髪の毛を波打たせた、白い顔したおじさんで、あさっての方向を見ている。鉢巻もしているようである。

チェックインして荷物を預けて、フロントでムラーノ島行きの船着き場への行き方を教えてもらう。
ホテルを出てから左へ曲がってつきあたりをまた左へ曲がって・・・3回目くらいの曲がり角のあたりから、角を曲がりつづける説明がもうぜんぜん頭に入ってこなくなったが、ともかくお礼を言って、外へ出た。それでひとまず左をむいて進んでいった。

 

▲小さな橋をわたった真正面でドアの開かれたお菓子屋さん

(つづく)


Written by mariko