洗濯機から急に不思議な音がするようになった。

確かめると、やわらかい布のバリエーション(綿、麻、ポリエステル等)しか入っていないのに、いざ回りはじめれば、これはどう考えてもやわらかいものの音ではないな、という、硬い何かの音がする。脱衣所のドアを閉めて、その次のドアも閉めて、隣りの部屋にいても聴こえる。控え目な音を鳴らす日もあれば、なかなか激しい日もあり、同じ日に2回洗濯しても同じ音というわけでもない。ポケットの5円玉が一緒に回っているわけではない。

今は異音だけで収まっているものの、いつかそのうちに暴発して、蓋がぽーんと開いて中からちぎれ破れたタオルやTシャツが飛び出してきたりしては困る。わたしと洗濯機の仲もぎくしゃくしはじめている。まだ修理の保証期間内の保証書はあったのだが、このカランカラン音症状の重篤さが判断できない。いざ修理を頼んでみたら、すっごく大したことなかった、って場合も考えられる。じぶんで何とかできる範囲かも、となぜかそんな大それたことを思った謎。

電気屋さんに掃除機を見に行くと、隣りに洗濯機売り場があった。店員さんがやって来て、「洗濯機をお探しですか?」と聞く。

「じつはこれの前の型の洗濯機を使っているんですけど、使いはじめて二年半くらいで特に変わったものも洗っていないと思うんですけど、最近急にカランカランと高い音がするようになって」と言う。

「はあ、それは修理センターにお電話頂いたほうがいいですね、保証書はお持ちですか?」

「保証書はあるんですけど、もしあまり大したことのない症状だったら、自分で何とかできないかなと思って、分解とか」

この時のわたしの頭のなかのことは皆目わからない。生まれてこのかた分解したことがあるものって言ったら、ちっとも思いつかない。小さいころにやたら時計を分解して叱られた偉人の話を読んだことがあるが、わたしの場合は時計の電池を交換することにすら手間取っている。それだというのに一体何故、洗濯機を分解してじぶんで何とかできるかもしれないなどと考えたかというとおそらく、異音がわりとシンプル風味に響いていたからで、もしかして何かパーツ(簡単な形の)が外れていてそれが洗濯槽の外側でカランカラン転がっているのであれば、それを取り除くか、元の位置にはめ込むかすれば静かになるんじゃなかろうか、と推測したからである。洗濯槽がゼリーだとすると、洗濯機はゼリーの入っている容器で、そのゼリーと容器の間に、カランカランの元凶があるに違いない。洗濯機の仕組みも分からないのに、そう想定したわけです。

「洗濯機はご自分で分解しないでください」

と、店員さんはこちらをまっすぐ見て、はっきりと言った。はっきりと言ってくれたおかげで、わたしは冷静になった。家に帰って修理センターに電話をかけ、修理の日にちが決まり、修理の人が何時に来るかは当日の朝にならないとわからないということであった。当日の朝、とりあえず脱衣所に扇風機を運んでおいた。

太陽が高くさんさんと輝く正午、修理の人はやってきた。洗濯機の前に二人並び、わたしは先日撮影した洗濯機異音動画を披露した。電話で散々「カランカランて言うんです」と証言したものの、いまここにおいてスマートフォンから聞こえてくるいつかのその音は、そんなに “カランカラン” ではないような気がしてきた。音についての証言って難しいですね。

修理の男性は動画を見て、押さえがどうの、羽がどうの、と言い(当然であるがわたしにはよくわからず)、構造的によくある症状です、ということであった。

「じゃ早速修理に入ります」

「よろしくお願いします、なにかあったら呼んでください」

わたしは隣の部屋に引っ込んだ。そして、手持ち無沙汰である。修理の様子が見たくなってきた。ドアを開ける。

脱衣所では、「強」設定で吹く扇風機の前に、男性一人の手によって洗濯機が横たわらせられているところであった。洗濯機の構造をまったく知らないわたしは、今日洗濯機が横たわらせられるとは思ってもみなかったので、横たわらせるために、洗濯機にくっつけたままだったマグネットやそこにぶら下がっていた筆(水張り用)やボウル(水張り用)が静かに洗面台の横に移動させられているのを見て、テヘヘという気分になった。洗濯機はてっきり蓋のところから修理されると思っていたのである。

「修理するところ見ていてもいいですか?」

「え、ああ・・・」

それ以上男性はなにも答えなかったと思う。嫌だったのだと思う。その気持ちはとてもよくわかるが、じぶんとしても、洗濯機の修理の様子なんてめったに見られないと思って興味津々がほとばしってしまっていたのである。扇風機は首が固定の状態で、横たわった洗濯機に気合の入った風を吹かせている。

電動ドリル的な何かが予想の100倍くらいの音を立て、洗濯機の裏側の蓋が開いた(たぶん)。中にパイプのようなものが見え、そこに赤い絵の具のようなものが付着していた。

「その赤いのは何ですか」

「あ、これは糊ですよ。目立つように赤いんです」

その応答よりにじみ出る何かから、わたしはもうこれ以上邪魔をしてはならないということを察した。これから先わたしが何か投げかけるとしたらそれはすべて愚問であろう。

結論としては、わたしにはほとんど洗濯機の中身の何も見えていなかった。眼前に見えていたのは、男性の大きな背中であり、傍らで彼をサポートする小さな懐中電灯であり、羽のように広がってゆく背中の汗であった。肝心の扇風機ときたらずっと洗濯機を涼しくしているのだ。洗濯機が脱衣場を縦断して横たわって底の部分を開かれることがわかっていたら、あんなところに扇風機を置きはしなかったのだけれど、もう今さら足の踏み場はない。わたしも動けない。隣の部屋へのドアの前には、脱衣所から廊下にはみ出した男性が前のめりになって、暑いなか、集中して修理をしてくださっている。その後ろに立つわたしから見えているのは彼の背中である。ひたすら黙って背中をこのまま見続けるのであれば、隣の部屋に戻りたい。そもそも見学を歓迎されていない。ただ、一旦移動してもらわない限り、ドアを開けることができない。修理が見たいとか言って来たくせにもう部屋に戻りたいとか言って気を散らせてしまうなんて、まったくなんて行き当たりばったり。これは困ったぞ。脳裏に浮かぶのは隣の部屋で自由に動き回るじぶんの姿。

「すみません、あの、隣の部屋に戻りたいので、一旦、通してもらってもいいでしょうか」

「あ、はい」

とうとう、彼の集中を削ぐという愚行の末、わたしは元いた部屋に戻ったのである。そしてうしろをもう振り返らないようにして、炭酸水を作り、レモン果汁を振りかけ、氷をたくさん入れ、カランカランとかき混ぜて、頃合いを見て脱衣所へ運んだ。洗濯機はもう起き上がって、扇風機はきちんと男性に風をあてていた。

修理が終わって、男性が今回の異音の原因を教えてくれるも、その言葉たちは耳の右から左へ風の子のように駆け抜けていくではありませんか。ひとまず、なってしまったらもう仕方のない症状で、予防にこちらができることはないのだそうである。それなら仕方ありません。修理完了の紙に印鑑を捺してお礼を伝えると、男性はドアの向こうのさらに暑い午後一時の空の下を帰ってゆきました。


Written by mariko