高速列車に乗ってローマからフィレンツェに向かった。
なお、向かった、と書いているが、おおむねただ座っていただけである。
指定の席は、進行方向に背中を向ける席であった。列車が走りはじめて5分くらいは、「進行方向に背中を向ける席か・・・」「どうやらこれは正真正銘、顔ではなくて背中の正面が進行方向だ」「イタリアまで来てわたしはあえて進行方向に背を向けて椅子に座っている」等、そのことばかりが頭に浮かんで口からこぼれて仕方がなかったが、線路沿いの灰色の塀に書かれた落書きが途切れ、窓の外にあらわれた丘陵やそこに生えている木々を楽譜を読むように眺めているうち、進行方向とじぶんの身体の向きの食い違いに対する不満はほとんど気にならなくなっていった。はるばるイタリアまで来て、初めて乗った高速列車が走り抜けるあいだじゅう、終始ぶつぶつ言うことにならなくてほんとうによかった。

 

車窓の景色

▲ゆるやかな丘のうえに、じぶんたちの間隔で生えている木々。なんだかとても愉快な景色。
いかんせん高速列車のためすぐに通り過ぎてしまって、頭のなかに木々のリズムの残像がたくさん。

▲はす向かいに座っていた女性は終始クリップ留めした資料をじっくり読んだり、ノートパソコンを開いてなにか書いたりしておられた。
その女性の向こうがわにも、もちろん木々の楽譜は見える。

さて、さきほど、車内の通路に食べものや飲み物の入ったカートを押した女性がやってきて、あちら側の家族連れ(つまり進行方向を向いて座っている人々)に飲み物やお菓子やなんかを渡していた。そしてはす向かいの、さっきから熱心に資料を読み込んでいる女性にも珈琲を注ぎ、お菓子らしきなにかの入った包みをひとつ置き、次にわたしたちの横を通り過ぎて、うしろのビジネスマンにも珈琲をひとつ。そしてなめらかに次の車両に移動していった。ポイントとしては、とくに支払い行為が見られなかったことで、その結果、われわれとしては、少なくともこの車両内では珈琲サービスがあるらしいという推察に至った(たしか車内放送でもサービスのことを言っていたように思う)。 ただすでにカートは次の車両であるので、まあ、また次に来たときには配ってもらえることでしょうと楽観した。

 

というわけで、どこか次の駅に到着し、さきほどの家族連れが下車し、あたらしい乗客が乗り込んできて、すっかりわたしたちも列車になじんだような気分になっていたところ、カートを押した女性がふたたびあらわれ、愛想良く、あたらしい乗客たちに飲み物やお菓子を配りはじめた。わたしはウキウキして待った。のども渇いたし、列車であたたかい珈琲が飲めるなんて考えるだけでたのしい。そして、カートはふたたびわたしたちの隣を通り過ぎたのであった。


今度は声をかけた。こんなに何度も通り過ぎられていては、さすがに高速列車がフィレンツェに着いてしまいます。
すると、カートの支配者である恰幅がよくて大きな瞳の彼女は足をとめてふりかえり、怪訝な顔をして、「あなたたち、どこから乗ってきたんですか?」とおっしゃる。それはローマであります。どうやら一回の乗車につき一回の飲み物サービスであるため、なんだかよくわからないが、彼女のなかではわたしたちは”ローマより南の駅からすでに乗っていた二人組/飲み物サービスとっくに済み”という扱いになっていた、もしくはそれ以外の理由により、乗車駅を確認せねばサービスできない対象として接せられたのである。ほかの乗客には誰にもそんなことを尋ねてはいなかったのは、すでに二周目のため確認済みである。「ローマから乗りましたし、珈琲はまだ飲んでいません」というような返答をした。珈琲一杯のためのこの弁明のようなもの、いったいなんなのであろう。ほんのり、かなしい。


女性は「ふうん」というような感じで、珈琲を注ぎ、お菓子やお手拭きやペーパーナプキンをテーブルに置いて、予定通りに次の車両に移っていった。
とはいえ、列車の進む向きと体の正面が逆であるという事実を受け入れたわたしは、二回にわたって飲み物サービス係に決して混んでいない車内において透明人間扱いをされたことも、もうすぐにへっちゃらにしてしまえた。


その理由は、やはり電車のなかであたたかい珈琲を飲むのはたのしいし、窓の外は初めて見るかたちの木々でいっぱい、そして配られたお菓子の、ちいさめのチョコチップクッキーが思いのほかおいしかったからである。


ローマから乗った列車は一時間半ほどで、ぶじにフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に到着した。

▲珈琲の入った紙コップには、ちょうど開催中であったミラノ万博の広告が印刷されていた。
お手拭きの袋に書いてある「LE FRECCE」は、この高速鉄道の名前。”矢印”という意味のようです。

 

 


Written by mariko