台風接近中の日、なかなかの雨のなか、眼科に行きました。二年に一度行くかどうかくらいの頻度ですが、行ったときは必ず待合室の椅子がほとんど埋まっているその眼科は、さかんに雨の降る日曜日だったせいか感動的に空いており、わたしは4脚を除いてどの椅子にだって座り放題でありました。そして興奮もつかの間、座ってほどなく名前を呼ばれ、診察室へ行き、

「夜中、布団に入ったとたんに急に右目がごろごろし始めて、目薬を大量にさしても、水で何度洗っても治らないし、そもそも何か目に入っているのかさえ、鏡で自分の目を自分で見る限り確認できず、起きてもその調子で、今に至ります」

と述べました。

外では雨がどんどん降っていることでしょう。先生も、おそらく初めて会った先生なのですけれども、”いつもより” ゆっくりと話を聞いてくださっているような気がしてきます。「ふうむ。では、そこへ顎をのせてください」と言われて、顎台へ顎をのせたら(顎は幸いにして嫌がりませんでした)、自動的に目は、ぴかーっと光る丸いガラスのようなものの正面に来るようになっています。反対側の先生からは、拡大された見やすい状態のわたしの目が見られるようになっているのでしょう。こちらであまりにもぴかーっと眩しい光のさなかで、わたしの右目はもう何が何だか、先生に言われるように上下左右に目線を動かすのみ。

「特に何も見つからないなあ」

と先生は言いました。その時わたしの顎はもう顎台を降りていました。何も見つからないんでしょうけれど、たしかにわたしはもう10時間ほど目のごろごろに苛まれておるわけでして、大雨のなか、ここへ来たのでありまして。

「着色してみましょう!」

というわけで、わたしの右目に赤い液体がぽたりと落とされ、従順な顎は再び顎台へとのぼりました。どんな風に色づいているのかは見えないけれど、目はまたぴかーっと眩しい光のなかへ。眼球がひとしきり一周したところでまたも収穫なしかと思われましたが、

「む、これかな」

と先生がつぶやいたことにより、一気に期待が膨らみます。

「ちょっとまぶたの裏をこすりますから」

えっ?こする?どんな具合に?と思いましたけど(てっきり使うのはピンセットかと思ってましたので)、あのごろごろの原因除去のためにはもうなんだってよい。たしか左目が捉えたところによると先生は綿棒を持っています。

「これかなあ」

数回こすりながらも先生だって懐疑的。

「はい、取ってみましたけど、どうですか?痛くないですか」

顎台から顎を下ろして右目が解放されましたけど、まぶたが、敷き布団風に三回くらい折りたたまれていたような感覚で、山折り谷折り山折りという感じで徐々にいつもの位置に戻ってきたようでした。それで、目の全体が慣れない折りたたみ状態から戻って間もないために、じーーーんとしており、当初あんなに鮮明に感じていたごろごろが、ひとまず二の次の知覚になってしまっていたのです。まずはじーーーんに慣れて、じーーーんが去ったら、あのごろごろの存在確認が可能と思ったんですけれど、前を見たら先生がじっとこっちを見ておられます。

(治った?どうですか?治ったんですか?)

という心の声が聞こえます。わたしの後ろには看護師さんもいて、そっちの方面からも

(ごろごろの具合はどうですか?治りましたか?)

って声が聞こえます。わたしは焦って、早くあの感覚を、右目にはりついて決して取れない違和感のあるなしを・・・確認しなくては・・・って思うのですけれども、じーーーんがその前にどんと寝そべってポテトチップスを食べている。

「あ、なんだか、ごろごろしなくなったような気がします」

と言う。言って、時間を稼ぐ。まだじーーーんは寝そべっている。

「何が入ってたんですか?」

と質問もする。原因の確認は大切である。

「うーん、なんだかわからないんですけど、半透明のなにかがまぶたの上にくっついていたんですよ」

と先生。

半透明のなにかめ。

目を着色して眼球が一周してようやく見つかったなにかめ。

「確かにまぶたの右上あたりに違和感がありました」

今更それを言って己を納得させようとする。そのころ、やっとじーーーんは立ち上がり出て行って、部屋が見渡せるようになり、そこにはもうごろごろ氏はいないようであった。もし勘違いだったらば、もっとひどい雨におそらく風も加わったなかにもう一度来院せねばならぬから、細心の注意を払って確認する。

「じゃあ、おそらくこれだったんでしょうね」

先生とわたしの間にあるトレーのなかの綿棒には、おそらくその半透明の何かがついているのだろうが、見えない。

「それだったんでしょうかね」

会計を済ませて外へ出る。灰色の世界に風がびゅうびゅう吹いている。傘をさしているのに雨が頭に一粒、また一粒落ちてくるなあと上を見たら、傘にちいさな穴が開いている。いつの間に。あんなにちいさな穴を通過してくるとは雨の一粒もなかなかである。すぼんが濡れて脚がどんどん冷えてくる。処方箋を持って目薬を貰いに薬局に行ったら30分待ちとのことです。

でもわたしは幸せだった。半透明のなにかはもういない。



Written by mariko