拝啓、キッチンタイマーさま

 

この秋の二つ目の台風が去ってゆき、青空にはいろんな雲たちが登場しています。

ぽんぽん言いながら生まれたようなポップコーン風の群れ、ずっと向こうから来てずっとはるか向こうまで伸びている方、てっぺんがすこしへこんだ自家製のスポンジケーキのような者。

お昼はシャツを羽織って出かけて平気でも、日が沈むとそれだけでは寒く感じるので、「いやいやちっとも寒くはないぞ」とじぶんに言い聞かせ歩きます。

 

キッチンタイマーさんの今日いちにちはどんな具合でしたか。

わたしは朝、ゆで卵を4つゆでるのに11分間、お世話になりましたね。

先日ある料理家の方が、

「じぶんにとってちょうどいい、ゆで卵のゆで時間を知っておくといいですよ」

と言っておられました。

わたしは自己紹介のときに、

「こんにちは。わたしの名前は〇〇です。ゆで卵のゆで時間は8分ということにしています」

「ぼくは7分です。近いですね。おたがい半熟くらいが好きということで」

とかなんとか挨拶しあったらどうかとかなんとか考えました。

ところでわたしはいつも11分ゆでているんですけど、いったいなぜなのか、どうしても思い出せません。半熟が好きなのですが、11分茹でたらもう割と黄身は固まってしまっていますよね。ふうむ、どうしていつもこう決まって11分ゆでているのやら。今日ゆでた4つを食べ終わったら、次は8分くらいでゆでようと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

それから、ニットのつけ置き洗いの際にもお世話になりました。あのときはたしか10分間でしたよね。(10分もあればゆで卵がつくれる。わたしはすぐに時間をゆで卵ゆで時間に換算してしまいます。)ニットもよい具合にすっきりしたと申しておりました。

ときどき、鍋もフライパンも空っぽで火もついていないのに20分も測ってもらうこともありますね。あれは水彩紙に水を含ませて伸ばしている間です。床にしゃがみこんでいますから冷蔵庫からでは見えませんよね。濡らしてから時間が経ち、紙がうーんと伸びをしたところで板に張ります。紙と板が乾いたら絵が描けます。いったん水を含ませてひっぱっているので、絵の具と水をたっぷり使って描いても紙は反りません。紙に水を吹きかけておきながら、なんとすっかり忘れてしまうということも多々あるものですから(信じられませんよね)、あなたが20分をピピピと知らせてくださるおかげでわたしははっと我に返り(どこへ行っていたんでしょう)、紙のところへ戻るんです。

あとはお餅のとき。ほどよい柔らかさになるまでトースターで温めたお餅を、沸騰した小鍋に移動します。それから1分半くらい。とろとろになったら水気を切ってお砂糖やきなこやあんこをまぶしていただきます。わたしはかつて、あなたがいないとき、しょっちゅうこの時間を測り誤っていたものです。なんとなく、という名の勘を頼りに、ちょっと目を離したすきに、もうお餅はとろとろを通り過ぎてしまっていました。目を離すからいけないっていうのはわかっているんですけど、わかっていてもどうにもできないこともありますでしょ。ないですか。それで近ごろはあなたに短い時間ですけども測ってもらって、とろとろが行き過ぎないところでお餅を引き上げることができているんです。

この間、ゆで卵をゆでながら、となりで野菜を切ったり瓶を開けたりごまを振ったりしていたんですけど、あと何分くらいかな、と思ってあなたを見ました。そしたらあなたは「11:00」のまんまでした。スタートしていませんでした。その全責任はわたしにありますね。行動が系統だっていないために、なにをやってなにをやっていないかを整理して確認できないんですね。鍋のなかで3つの卵たちはぐつぐつ。わたしはあなたを「07:00」にセットしてスタートボタンを押しました。たぶん、ゆで始めてから4分くらい経っただろうと考えたのですね。

その結果をお知らせしていませんでしたね。3つの卵たちは、とてもとても殻がむきにくいゆで卵となりました。なぜだかわかりませんけど、そのひとつの原因は、わたしが再度設定した時間だというのが、一番初めに思いついたことです。こう言っちゃなんですけど、卵については、白身よりずっと黄身のことが好きだと思ってきました。けれど、やっぱりいざやぶれかぶれの白身を見たり食べたりしてみてわかったことは、つるんとした白身があるから濃厚な黄身が引き立つのだということです。中身の黄身だけうまくいっても、どこか物足りないのですねえ。

今朝の分は、いまのところ食べた2つに関してはとてもよい、11分のゆで卵でした。

あなたのおかげで、わたしのおっちょこちょいや注意散漫、物忘れ、勘頼りクッキングがどれだけほんのすこし “まし” になっていることか、とてもありがたく思っています。

なんだ、”まし” なだけか、とがっかりしないでください。言うまでもなくわたしひとりではいろいろ心もとないところ、あなたのおかげで少なくとも、わたしは1分半、10分、11分、20分に縛られなくてすみます。そっちに散らなくてよくなった “気” が、こっちでこっちのなにかを一緒にやってくれます。あなたがピピピと鳴ったら、今度はそっちへわたしはじぶん全体の”気” とともに向かいます。わたしはあなたの言う11分を―――何分でも、それはそれは信頼しているんです。

スタートボタンの押し忘れには気をつけますね。

これからもどうぞよろしくお願いします。

キッチンはほかの部屋にくらべて湯気が多いから、喉にはよいように思いますが、くれぐれも風邪など召されませんように。

 

かしこ

 


Written by mariko