金木犀色

台風が通り過ぎた朝、玄関のドアを開けると誰かの訪れた伝言のように、葉のついた枝が落ちている。幾人かと一匹の犬が集まって写真を撮ったりしているところを見たら、街路樹のハナミズキが倒れている。週に何度も会っているその木が歩道を塞いでいるのを見て、幹の途中で折れてしまったのかと思ったら、根こそぎ土から浮き上がっている。ハナミズキの根っこの平均的な大きさについては知らないけれど、背がわたしの2.5倍くらいあって葉っぱがたくさんついていて、イヤリングのような素敵な朱色の実もついたままの木にしては、その根元の部分はとても小ぢんまりとしているようだった。ピタッと踵を合わせてつま先立ちをしているような。街路樹としてそこへやって来てくれた彼女に対してあてがわれた地面はささやかで、お隣さんも等間隔に並んでいるなかで何年もかけてじっくりと伸ばした根でも、あんなに強い風が夜通し吹いたのでは踏んばりきれなかったんだろう。

梯子の上で電線か電柱のなにかを修理している人たち。たしかにその通りの上空を横切る電線たちは、なんだかとってもたるんでまとまりがなく、鳥たちがとまってもバランスを取るのがむつかしそう。そうはいっても、わたしは普段の電線の張り具合をよく知らないのだった。

あたりいちめん、金木犀の香りがする。
4つの花びらの小さい花が、水たまりのそばにも、自動販売機の前にも、砂利の隙間にも、いる。ひとりでいたり、大勢でいたり。わたしの見ていないありとあらゆるところに。みな飛んできた。嵐の風で、ぷちんと枝先から離れて。

学生のころ、蛍光ペンがあまり好きではなかった。黄色、ピンク、黄緑色、オレンジ色、すみれ色、水色・・・いろんな色を試しては、親しみを持てる蛍光ペンを探した。なかでも落ち着くのは水色だったけれど、そもそも蛍光ペンを使うのは、覚えなくてはならない情報を頭にどかん!と刻みつけるためだったから、青色を使って心が静まっても、眩しい色たちに比べたらやっぱり記憶の効果は薄いようだった。それで、わたしはオレンジ色をよく使っていた。あんまり好きじゃなかったけれど、覚えることがあれこれあったのでお世話になった。


金木犀の花の色は、あのオレンジ色に似ていた。

いつかまた覚えることができて、蛍光ペンを引くときに使うのは、金木犀色。

あのオレンジ色は、金木犀色になった。