WATER(日記)

のどが渇いたので、水を買った。イタリアの軟水、とのこと。駅のホームで飲もうと思って、ペットボトルの蓋をひねる。開かない。ひねる。開かない。ハンカチを巻いてひねる。開かない。左手でもやってみる。開かない。手のひらに血豆ができる。埒があかない。人から見えないところで、”歯” を使って開けてみようとするも、びくともしない。電車はまだ来ない。また右手でひねる。蓋こすれの軌道に沿って、手のひらに赤い筋がつく。飲めない。

電車に乗って、ただ、透明の容器に入った水を持ち運ぶわたくし。

電車を降りて歩く。良い天気で、喉が渇く。鞄のなかから、ぽちゃ、ぽちゃと、一緒に揺れる水の音。

美術館に到着。一階には広いカフェがあり、ここのカフェラテがおいしいことを、わたし―の舌―はよく知っている。ごくり。しかし鞄には、水が入っている。手つかずの。

「information」へ行き、勇気を出して、ブースの向こうの女の人に話しかける。

「図々しくて申し訳ないのですが、どうしても、このペットボトルの蓋が開かなくて困ってまして、ちょっと、開けていただけませんか」

立ち上がったボブカットの女の人の胸元には、”研修中” と書かれた名札がついていた。 こういうとなんだが、「information」にはこういう変な人も来るぞ、という一例にはなった気がする。

差し出されたペットボトルを前に、その人は少しの戸惑いとともにとなりの先輩に無言で伺いを立てた。先輩も無言でうなづいた。そして、「はい」と言ってわたしのペットボトルを受け取ってくれたうえ、ほんの3秒くらいで、蓋を開けてくださったのである。あまりに従順にひねられ、あっさりと開く蓋。まるで好き嫌いのはっきりした犬のようで、彼にとってわたしの撫で方はちっともお気に召さなかったのだろう。

ともあれ、イタリアの水の入ったペットボトルの蓋は開いた。

わたしは「ありがとうございます」を二回言った。彼女のおかげで、わたしの午後が救われたといっても過言ではない。そして、このフロアでの飲食が可能なことを確認したのち、椅子に座って、軟水を飲んだ。ごくごく。

飲んだのに、わたしはカフェラテが飲みたいのだった。のどの渇きとカフェインの摂取は別の問題であった。その気持ちを打ち消すように、チケットを買って、展示室へ入る。最初の展示室には、コーヒーの写真が飾ってあった。