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とつぜんの空白(日記)

この頃、出てこない。名前が。もう、「あれ、あれ」って言わざるを得ない感じのことがほんとうによくあり、もぞもぞする。


先日、是枝裕和監督の『真実』を観に行った。カトリーヌ・ドヌーヴが主演で、大女優の”役”。彼女(ファビエンヌ)のパリのお屋敷に、アメリカから娘夫婦と孫娘(黄色がとても似合う女の子!)がやって来る。ファビエンヌが自伝を出版することになったお祝いに。

映画の中盤くらいだったと思うが、車中でファビエンヌがこんなようなことを言った ―「いい女優はだいたい名字と名前のイニシャルが同じなの。M・Mとか、C・Cとか」。そこへ運転手が「ブリジット・バルドー(B・B)もね」と付け加える。それを聴いて、ふふと思ったのもつかの間、わたしは脳内の空白に唖然とした。出てこないのである。この、車中にどんと座っているフランスの大女優(ファビエンヌ)を演じているフランスの大女優( )の名前が・・・。あれ、この人、なんていう名前だっけ。


まず、娘を演じてるのはジュリエット・ビノシュ(J・B)でしょ、その夫役はイーサン・ホーク(E・H)、うん、これは合ってる。イーサン・ホークの前の奥さんはユマ・サーマン(U・T)で、二人が共演した映画は『ガタカ』。この二人の娘さんもずいぶん大きくなってるもんなあ(突然現れる、親戚の人感)。ユマ・サーマンは『キル・ビル』の主演、その監督はクエンティン・タランティーノ(Q・T) ― この前観た『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』おもしろかったなあ ― ブラッド・ピット(B・P)、良かったなあ。ねえ、良かったですよ・・・(語りかけ)。それで、この女優さんの名前( )、なんだっけ。ものすごく有名なあの名前。


結局、上映中に思いだせなかった。イニシャルのことは考えないようにした。クイズ大会に参加してるわけじゃないんだから。一旦忘れて映画を観よう。それでもときどき、“あいつ”がやって来て言う。
「この女優さん、フランスの大女優ですけど、なんて名前でしたっけ?」


エンドロールが始まり、「Catherine Deneuve」の名前を見たときの安堵。もう、これで、考えなくて済む。彼女は、カトリーヌ・ドヌーヴ(C・D)だ。となりの人にも言いたかった。「彼女の名前は、カトリーヌ・ドヌーヴです!」

あれ以来、わたしは週に一度は確認している。彼女の名前を。(カトリーヌ・ドヌーヴを遮って、ブリジット・バルドーが出てきたら、怪しい雲行き。)
もう、上映中にど忘れするなんて事態が発生しませんように・・・ど忘れするなら、散歩中とかお風呂の中とか、上映中以外にしてください、と、じぶんの脳に祈っている。