大涌谷にて黒玉子を食す

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久しぶりに箱根に行き、バスに乗ったり船に乗ったりロープウェーに乗ったり温泉に入ったり、飲み物を買いに誰も歩いていない深夜のホテルの廊下を歩いてうきうきして、警備員さんと挨拶を交わしたり、暑さに参ったりしました。

大涌谷では黒玉子を食べた。

大涌谷はどんなところかというと、硫黄の匂いがたちこめていて、小屋にも地面にもまんべんなくレモンイエローの粉を振りかけたような陰影のない山の斜面からもくもく煙が噴き出していて、周辺の木々はふしぎな薄紫のような色をしている。

そのもくもくは、身近で観られる火山活動なのだそうで、しかしながら山のなかになぜ谷があってなぜその谷から煙が出ているのかについてかいもくわからないことを筆頭に、わたしはボケーッとしていた。

大涌谷に箱根ジオパークという、箱根の火山のことをさまざまな観点から、石や地図や写真やらでもって案内してくれる施設があり、入山制限解除にともなってたまたま無料で入ることができたので、煙もくもく現象についての己の何にも分かってなさをほんの少しでも解決できるかもしれないと思って入ってみたけれど、説明を読んでも見てもいっこうによくわからないままで、これはいったいどうしたものかと思った。

印象に残ったことは、小田原攻めの際に秀吉が部下たちをねぎらうために温泉場をつくらせたことや、江戸時代に箱根の温泉を江戸の将軍のために桶に入れて運んでゆく専門の役職があったこと、「大涌谷」という名称は、明治天皇の行幸の際に「地獄谷」から改称された名前であることや、この谷の近くに住む人々が硫黄を採って生活の糧にしていたことなどがある。

肝心の、建物の外に出れば眼前に今もなお進行中のもくもく現象については、わたしの脳は理解度0%を記録した。もしわたしが手に負えないほど興奮していておしゃべりが止まらないなどの迷惑症状を呈した場合には、箱根の大涌谷の火山活動について問うてみれば、あっという間に静かにさせることができるでしょう。

黒玉子というのは大涌谷の名物で、温泉でつくったゆでたまご。殻が墨のような黒色をしていて、5個入りで500円です。その日の黒玉子はその日に作られたものだけだということです。

殻が黒いので中身も黒いのかしら、とドキドキするけれど、殻を割って現れる中身は白い白身と黄色い黄身によって構成されています。殻にはうっすら白い粉のようなものがついていて、ふとこれはいったい何なのか、殻を黒くした温泉成分の何かが粉状になったものなのかなんなのか、たしかにふと疑問には思ったけれど、もうわたしは悲しいことに自信を持って思考を停止した。

お昼どきでちょうどお腹が空いていたため、早速ほかほかの黒玉子を食べようと思うも、まわりのベンチや黒玉子をかたちどった椅子などは一通り埋まっていることが確認される。黒玉子片手にふらふらお土産物売り場を歩いていたら、明白な「黒玉子を食べるためスペース」を発見した。なるべく多くの人が立って食べられるように高めの細長い台があり、殻を捨てるためのボウルがどんと、1つの台に3つ置いてある。台の真横にはゴミ箱もある。われわれは幸運にもその隅っこに入ることができ、持ってきたお手拭きで手を拭いて、殻の入ったボウルを窓の方にずらして手前にスペースを開け、袋から黒玉子を取りだして殻を割り、付属の塩をふりかけて食べた。ぷりぷりしていておいしいゆでたまご。中身は黒くない黒玉子。

割った殻は、目の前にあるピンク色のボウルに入れます。

殻が黒いことが珍しい黒玉子ですが、黒い殻は捨てる部分なのです。そして今目の前に山積しているのは、無数の人々が剥き終えた黒玉子の殻。その黒い殻の破片を前に、われわれはおいしいおいしいと言ってあっという間に玉子5つを食べました。