とても広いフォロ・ロマーノを歩いていて、風通しのよい高台にのぼってきたとき、鮮やかな朱色の花の群生を見つけた。
じぶんが見つけたと思うより先に、わたしのなかの誰かさんがもっとずっとはやく気がついて、高揚してこう言っている。
これ、うちのまわりにたくさん咲いている花に似てる。ここにも咲いてる!でも色はこっちの方が濃いようだね。
わたしの髪の毛と同じように花たちも木々もたぶん雲たちも風に撫でられている。とても静か。
はるばる飛行機に乗ってやってきた国で、家のまわりに咲いている花とほとんど同じ花を見かけて、
日本にいるわたしとその日常と、いまここにいる旅先のわたしの現実とが、
ゆっくりと丁寧な誰かの手で一針一針朱色の糸で縫い目をつけられてゆく、
ただおなじ布の上にあって、あちらとこちらでただ静かに波打っているような気もちがした。
イタリアから帰ってきて10ヵ月ほどになり、ヒメジョオンとハルジオンのことを調べるために黄色い本*を開き、
ページをぱらぱらめくっていたところ、ふたたびあの花に出会った。
《ナガミヒナゲシ 長実雛罌粟 Papaver dubium》
道ばたや空き地などに群生する。〔・・・〕ケシの仲間だが麻薬の成分はない。
地中海沿岸原産の帰化植物で、東北~九州の各地に急速に分布を広げ、新しい雑草として定着しつつある。ケシ属。
(*近田文弘監修『花と葉で見分ける野草』/小学館/2010年)
春になるたびわたしはのんきに、たくさん咲いているなあと思っていたけれど、
地中海沿岸が原産のこの植物は、熟した果実から膨大な種子を放出し、繁殖力がとてもたくましいそうである。
昨日のうす暗い夕方、道路わきの植え込みにナガミヒナゲシのつぼみがひとつ、首を垂れた細い茎の先にふくらんでいるのを見かけた。
もうすぐに、またたくさん、あっちにもこっちにも咲くのだろう。たぶん、去年よりもさらに増えて。
そして波打つ布の上、朱色の縫い目を辿っていけば、フォロ・ロマーノの空き地の、あっちやこっちにも鮮やかに群生していることだろう。風に揺れながら。