秘密の歯車

先日スーパーマーケットへ行った。このスーパーマーケットにはこの頃対面式の機械のレジが導入されて、その分店員さんの立っているレジが減った。機械のレジの方が空いていたので、そちらで会計をすることにした。

この機械と対面するのはもう3度目である。なので使い勝手はだいぶ分かり、まず初めに所定の位置に商品の入ったかごを置く。次に所定の位置に商品を入れて持って帰るための袋を引っかける。それから商品のバーコードを一つずつ機械に読み取ってもらい、袋に入れる。袋に入れてしまわないと、次の商品の読み取りができないようになっていることは最初にこの機械と対面したときに覚えた。両手に一つずつ商品を持って、ピッピッとやってから2つをいっぺん袋に入れて時間短縮を図ろうとしたところ、画面に表示されたメッセージによればそれはできないのだということだった。それでわたしは根気よく、小さなペットボトルに入った液体ヨーグルトの、バーコードを読み取らせて袋に入れる作業を6回繰り返した。

2度目には、一緒に行った人にその機械の使い方を指南さえした。「まず袋をかけないと商品の読み取りができないんだよ」「いっぺんに2個は読み取りできないんだよ」となかんとか。

さて3度目。わたしのクレジットカードは機械のなかに吸い込まれて、機械は動作を停止した。画面にはなんだかよくわからないメッセージが表示されている。

機械は数台置いてあり、人が機械とうまくやれないときのために店員さんが一人立っている。わたしと機械のうまくいっていない様子を見て店員さんが来てくれたので、「クレジットカードを入れたところなんですけど…」と言ったが、そもそも入れたばかりのクレジットカードってそんなに瞬間的に出てくるものでもないので、どう説明したらよいものかもわからない。

店員さんは首から下げた紐についた鍵を差し込み、クレジットカードの吸い込まれた部分を開けた。その中には、クレジットカードが入り込んでいるであろうサイズ感の黒い箱があるのだが、中身は見えない。絶対にそこに入っているはずなんだけれど、親しい仲なのにも関わらず、「あ、ここです!い、ま、すよー!」って返事してくれるでもなし、まじまじと覗き込む店員さんにも、恥ずかしがりやの貝のように自分を見せない。

それから店員さんはしゃがみこんで、機械の足元の部分の鍵を開けた。たぶん、クレジットカードは、プリンターの印刷用紙のように、セットされた場所から機械の中をぐるっと回って別のところから出てくる、というようなことはないような気がした。わたしのこれまでの経験だけを総動員して考えても、クレジットカードは、入れた場所から出てきていたし、機械の中をあっちやこっちへ泳いで戻ってくるには、硬すぎる。なので、その店員さんがまじまじと見ているところの機械の足元内部には、クレジットカードは隠れていまい、と探偵じみて推理しつつも、吸い込まれたクレジットカードを投入した張本人はわたしなのだから、シャーロック・ホームズかぶれしている場合ではない。

足元部分の鍵を閉めた店員さんは、

「ほんとにクレジットカードを入れたんですよね?」

と聞いた。いぶかしげである。根本的な問い。

数分前にクレジットカードを入れたのだが、そこまで “ほんと” かどうかを尋ねられると、普段のほとんどの行為がそうであるようにあまり深く考えずにやったことだから、自信も確信もなくなってくる。

クレジットカード入れたつもりでいたけど、あれは気のせい?でも、クレジットカード入れてもないのに「入れました」とわたしが述べているとしたら、なにゆえに?エラーメッセージを出している機械もわたしのグルってこと?

「はい、入れました」

と答えて、信憑性を付与するため、その色と、Tポイントカードがたまるタイプのものである旨も付け加えた。

クレジットカード差込口には、『読み取り面を右にして入れてください』と書いてあった。わたしはそのメッセージを読んだのを覚えているし、内容は数分で書き換わったりしないだろう。メッセージを確認したのちカードを入れた覚えがあるから、カードをほんとうに入れたかどうか問題については、「入れました」ということで間違いないはずである。

店員さんは、ふうんという感じで、もう一度、最初に開けたクレジットカード挿入部分の鍵を開けた。

「ここに、入っていると思うんですけど…」

とわたしは中身の黒い箱を指した。何か一言言っておかないと、わたしに向けられた「カードを入れていないのに入れたつもりになっている人」疑惑が増してはまずいと思ったからである。

すると隣の機械で会計をしていた、一部始終を見ていた女性が、

「カードだったらそのネジを回せば出てきますよ」

と言った。黒い箱には黄緑色の歯車みたいなのがついていて、確かに、働きかけられる部分があるとすればそこかも・・・という気配を漂わせている。

「そうなんだ!」

と店員さんが言うので、どうやら助け舟を出してくれたこの方はこのお店の店員さん(帰るところ)かかつての店員さんで二人は旧知の中であるようだ。

ぐるぐるぐる。

歯車のぐるぐるに連動し、わたしのクレジットカードは一歩ずつこちらへ出てきた。ほら、いましたよ!ほんとに入ってたんですよ!この子ったら!と言いたい気持ち、特に変形もなく出てきて良かったという気持ち、偶然に隣りの方が歯車の秘密をご存知でほんとうにありがたかったという気持ちが入り混じる中、店員さんはカードをわたしに渡しながら、

「逆です」

ときっぱり言って、去っていった。

『読み取り面を右にして入れてください』とのメッセージに反し、わたしのカードは読み取り面を左にして入っていたのである。右の面には名前とか有効期限とかばかりが書いてあって磁気が読み取れないので、機械が困っていたのである。

わたしは右と左をよく間違える。よく間違えるのをわかっているから確認するようにしているにもかかわらず、間違える。(頭では「右だ」って思っているのに指は「左」を指していたりすることがしょっちゅうある。)そしてこの昼下がりもそうであった。

機械さんに願わくば、きっとほかにもこういうヒトはいると思うので、「右と左が逆だゾ!」っていうときは、事を荒立てず、スーッとカードを押し出してほしい。高度なあなたをもってすれば簡単なことではないですか。

無事に会計を済ませ、隣りの親切な方にお礼を言って店を出た。