鼻の頭や頬にぽつりと雨が落ちてきたとき、
そのぽつりは一粒で、はて、このあとザーザー降りになるのか、 ぽつぽつ降りのままなのか、それとも二度と降っては来ないのか。 ザーザー降ってくるとしたら、 それは2分後か10分後か30分後か。
空を見上げて予想してみます。しかし当たるとも限らないし、 ザーザー降りもわりとすっきり上がったりもする。
わたしのここ3回の勝率は3割5分。当たらない。 一粒のぽつりは、間もなく大勢のぽつりたちを呼びよせ、 ザーザーの合唱が世界を包みこむ。傘は持っていない。
このあいだ、ある街で、例のぽつり一粒が鼻先にやって来た。 見上げると、 几帳面なだれかが空じゅうをいちめん雲で覆いつくしている。 ふわふわの雲を丁寧に平たく圧して、敷き詰めている。だけど、 まだ一粒だしな。信号の変わるのを待つまわりの人は、 だれも傘をさしていない。
横断歩道を渡ったところにどら焼き屋があって、そりゃあ、入る。 入って、どら焼きを包んでもらっている間に、”ぽつり” も引き上げてゆくかもしれない。4つくださいーそのうち1つは栗が入ったのを。 お店のなかは暖かくて、どら焼きの皮を焼くよい香りが、 わたしを存分に楽天的にさせる。
店の外へ出たら、”ぽつり” は “ぽつりたち” となっていて、世界はさっきよりもさらに薄暗い。 几帳面なだれかが、休憩のことなど考えもせずに、 空のうえでせっせせっせと雲を敷き詰めている。もっと、もっと。 東の方へ。
いまや往来する人の半分くらいが傘をさしている。 黒い折り畳み傘、赤い傘、透明の傘。準備のよさに感嘆する。 そのほかの人々は軒下で雨宿りをするかー間もなく止むだろう、 喫茶店や本屋や定食屋に入るかーしばらく止まないだろう、 構わず歩くかー濡れても平気、 傘を買うかー雨はこのまま止まないだろうし、 濡れたくないーする。
わたしもはじめは雨宿りをしたが、 じれったくなって走ってみることにして軒下を出、50メートルくらい行ったところで後悔をしてそのまま引き返し( そのときの雨の一粒は、思っていたよりずっと大きく冷たく、 そして無数だった)、 そこにあった薬局でビニル傘を買うこととする。
500円のビニル傘は、500ポイントと交換で手に入った。 幸運なことに、 その薬局のポイントが500円分たまっていたのである。 しかし傘を持参しておれば、 500ポイントはのど飴や絆創膏や栄養ドリンクに変身していたこ とだろう。
何はともあれ傘。雨の中さす傘というものはすばらしい。 そのおかげでわたしは歩いて、身体の中心部は濡れずに、 目的地へ歩いてゆくことができた。どら焼きたちも濡れずに、 一緒に。