選択と行動を放棄したくなる際に、とつぜん目の前に現れてほしいと思うのは、妖精である。
あるいは、たまたま目の前に水場(水たまり、池、湖など)があった場合には、ぜひともヘルメス神にご登場願いたい。
そして、抱えているあれやこれに対する答えやヒントをいただきたい。

わたしはいま、まくらをひとつ持っている。
そのまくらは、はっきり思い出せないけれど数年前から使っていて、じぶんの意志で手に入れたものではない。
手に入れた人の頭や首にちっとも合わなかったということで、わたしが代わりに使ってみることになったのだけれど、それはそれは気軽な気持ちであった。迂闊とも言えるほどに。
そしてそれ以来、あの気軽さとは正反対に、そのまくらはまるで強固な信念のように、毎晩わたしの頭と首の下にある。寝心地は悪い。
わたしの慢性的な寝つきの悪さの原因2位か3位は、このまくらだと思う。これはれっきとした他責であるが、じっさいに毎晩わたしが夢のなかへ飛んで行っている間じゅう、まくらはこちらに横たわるわたしにぴたりとくっついているわけだから、明確に、自/他とわけられない。でもやっぱり目が覚めた暁には、わたしとまくらは互いに他者へと戻り、こう思う。「そろそろまくらを換えなくちゃ。」
毎朝確認することとして、わたしとまくらの関係は交換可能なのである。なんの契約も交わしていない。あるのは双方の了解だけなのだ。

何度か真剣にまくらを換えようと思い、調べたり、まくら売り場に足を運んだりした。
まくら売り場においては、まくらの数が多くても少なくても、いずれにしても、じぶんの選択に心から安心することができない。
まくらの数が多ければ、素材×サイズ×価格 の選択肢はとうぜん増えて混乱する。途方に暮れて、「ひとまず今夜はあのまくらがあるんだし」とかなんとかつぶやいて売り場を離れてゆく。
まくらの数が少なければ、世界に茫洋として広がるまくらの海で、わたしがいま手にしているこのヤシの実(まくら候補)はほんとうに最適なのだろうかという疑問がむくむく膨らんで、選択(購入)の引き延ばしが再度決定される。
いかんせん、一度そのまくらと一緒に家へ帰ってしまえばそう簡単にはまくらを換えないであろうという確信めいた予感がするため、二の足を踏む。なんといっても毎晩のことなのだ。
そうはいっても、気軽な気持ちじゃなかったら、まくらなんて一生選べないという風にも、これまた確信めいて思う。

先日、まくら売り場でちょうどよいまくらの高さを知るために、座高を測る時のように背筋を伸ばして座り、どこかよくわからないが後頭部か首のあたりをまくら測り器で測ってもらった。後ろだったので見えなかったが、まくら測り器は定規だったのかもしれない。一瞬のことだった。測ってくれた店員さんは、「3-4センチの高さですね。3-4センチの高さのまくらが良いです」と言った。
その売り場では、ベッドの上に寝そべって実際に試したいまくらを敷いてみることもできた。わたしはひとしきり3-4センチの高さのまくらを試した。やわらかいの、低反発の、高反発の、へこんでるの、横を向いて眠る人向けの、そば殻の、まあいろいろ。
それでいくつか良さそうなものがあったのだけれど、たいへん明るい照明のなか人前で普通の服を着てマフラーまで巻いてベッドに寝そべりながら思ったことは、「一晩か二晩、これで寝てみなくちゃ本当に合ってるかどうかはわからないな」ということであった。わたしはまたヤシの実たちをまくらの海へと返した。

いま持っているまくらを池のなかに投げ入れる準備はほんとうにいつでもできている。
そして池のなかから蛙でなくてヘルメス神に出てきてもらって、「あなたが落としたのはこの数年使っているまくらですか?それともこの3-4センチの高さのすばらしい寝心地のまくらですか?」と聞いていただきたい。わたしは正直に、「わたしが落としたのは数年使った方のまくらなのですが、どうにも寝心地がよくないので新しいまくら選びをしてきたものの、優柔不断が勝ってぜんぜん決めかねております。つきましては、そのすばらしい寝心地のまくらがどこで手に入るか教えてもらえませんか?」と質問する。そのまくらは、日本のどこかで売っているものかしら、善行を積まなければ巡り合えない代物かしら。「そんなに簡単にほしいものが手に入ると思いなさんな」って言われてもよいから、ヘルメス神がまくらごと池に戻ってしまう前に、素材とサイズをメモできますように。


Written by mariko