正確な統計がないので感覚的なものになるが、「なんだか首のところが詰まっているな」と思ったら、Tシャツの前と後ろを逆にして着ている、ということが結構ひんぱんにある。

着てから1分くらいで気がつくこともあれば、もうたっぷり着たのちに冷静になって発見することもある。

いずれにしてもそのようなときは、面倒くさがらずに落ち着いて、Tシャツの袖から右腕と左腕を引っこ抜き、首を軸にしてTシャツを180℃回転させてから、さっき左腕が入っていた袖に右腕、右腕が入っていた袖に左腕を通し、裾を引っ張って全体のバランスを整えたらよいのである。

Tシャツがなかなか回転してくれないようなときは、一旦脱ぐのが良いが、それで新しく首と腕を突っ込んでみたら、変わらずにまた後ろ前で着ていることもよくある。そのときばかりは、少々取り乱しそうになる。

 

 

 

「このズボンはやけにこんもりしているものだな」とまじまじ眺めてやっとこさ、そのズボンを後ろ前に履いているのに気がつくことも、わりとある。わたしは上着やズボンやスカートにかかわらず、ポケットというものをこよなく愛しているが、このような後ろ前現象が発生する場合のズボンにはたいていポケットがついていないものである。

朝、空き缶や空き瓶や段ボールをゴミ捨て場に運んできて、手を洗って、お湯を沸かしているときなどに気がつく。わたしはさっきからずっとズボンの前をこんもりさせていたのだ、という出来事の反芻。

そういえば玄関のドアを出て、人とすれ違ったわ。だけどその人はきっと気がついていない。わたしも、すれ違った人のズボンが後ろ前であることに気がついたことはない。ましてや朝は、みんな人のズボンに構ってる場合でもないだろうし。眠気と一緒に自問自答を漂わせながら、ただ単純にズボンを履きなおす。お湯が沸く前に。

関心は、「直観ってなんなのか」ということである。わたしはおおむね、エイッという感じでTシャツに首を突っ込みズボンに脚を通している。その結果、三か四分の一ほどの割合で、服は後ろ前になる。そしてそれに気がつくのには少々時間がかかることになる。ろくに見ずに来ているのに、なぜだか、前と後ろは合っていると思い込んでいるのです。コインの表と裏が出る確率が二分の一なのだったら、Tシャツをエイッと着て後ろ前になる確率も二分の一なのでしょうが、自覚しているぶんには三か四分の一ほどの確率で後ろ前に着ているので、“二分の一” と“三か四分の一” との間になにかひみつがありそうよ。

とかなんとか思っていたら、或る晩ついにはスカートを裏表逆に履いて道路を歩いていました。INSIDE OUT氏の登場。そのスカートは裏も表も黒で、生まれてこの方スカートの内側で光透過を防ぐ役割に徹してきた裏地さんは、初めて外の世界を堂々と見たのであります。5分くらい。

わたしは黙って通りを引き返して家に帰り、スカートを履きなおしました。裏地さんには裏に戻ってもらいました。しかしながら今回ばかりはどうかと思った。日が落ちてあたりが薄暗かったことに感謝し、おのれの直観センター(たぶんどこかにある)に向かって念を押しました。

わたし:「後ろ前に加えて、裏表が違うという場合もあるんだよ。次から気をつけよう」

直観:「そりゃそうですよね、気をつけます。だけどMさんももうちょっとしっかり見たらどうでしょうね、履く前に」

わたし:「それもそうですよね。お互い気をつけましょう。何事も練習です」

 

 


Written by mariko