フィレンツェ滞在2日目も朝からウフッツィ美術館に行った。
前日のツアーでヴァザーリの回廊を無事に通りぬけることはできたのだが、
ツアーのハイライトであるヴァザーリの回廊に至るまでに、オーディオガイドの受信機をつけたわたしたちは団体で駆け足で、ウフッツィ美術館の主だった作品を見てまわっていた。

はじめの部屋の真正面にジョットーの大きなテンペラの聖母子画があり、脳内では蛇口ををめいっぱいひねったように高揚系の分泌物がめいっぱい放出されはじめたような、おそらく口も開いていただろうし、じぶんというものの枠がどんどん透明になって、とてつもない感激の海のなかにぼわぼわと溶けた。
隣の部屋ではとてつもなく美しいシモーネ・マルティーニの受胎告知に出会う。震える。ガイドの女性が「この絵はフィレンツェではなくて、フィレンツェのライバルだったシエナのシモーネ・マルティーニの作です。わたしはフィレンツェ生まれですが、シエナ派の繊細な美しさがとても好きです」と教えてくれる。

わたしは確実にさらに口が開いていたはずだが、そんなことはどうでもよい。
天使の口から出ている金色の言葉ときたら、金色に盛り上がっているのだ!

 

マルティーニの受胎告知

▲金色の文字が盛り上がっています!なんて美しいんでしょうかこの絵は。

―シモーネ・マルティーニとリッポ・メンミ『受胎告知』、1333年、板にテンペラ―

 

その後もピエロ・デラ・フランチェスカやボッティチェリやダ・ヴィンチやらの前にさくさく移動しては、絵の前で解説を聴く。こういう経験をしたことがなかったので、ガイドを聴きながら進むのは新鮮だしおもしろいが、いかんせん駆け足である。それなのに、相当ののんびり屋であるわたしが心からガイドツアーをたのしむことができたわけは、翌日もウフッツィ美術館に来ることになっていたためである!明日の分のチケットはすでに予約してある!朝の9時半から入場できるチケットであります!

というわけで、ツアーが愉快に終わったのち、フィレンツェの街をぶらぶら散策した(その①ジャンニニのお店)。

三つの花

「TAF」という刺繍のハンカチやテーブルクロスのお店は、ヴェッキオ橋のすぐそばにあり、別館には子供服などがショーウィンドーに飾られていた。

刺繍のハンカチ

お店を入ると通路に沿って細長いカウンターがあり、そこに2名の店員がおり、その真向かいを歩くわけだから、もちろん「May I help you?」と聞かれる。「Just looking」と言おうにも、特に目の前に親しみやすくずらずらと商品が並んでいるわけではないので、わたしは雑念を払いのけて、イニシャル入りのリネンのハンカチを探している旨を伝えた。「アルファベットは何ですか?」と聞かれる。商品が目の前に無い場合の一対一の接客において、わたしはわたしのなかに漂う曖昧さの残り香にさようならを言う。「KとRです。」

店員さんは「わかりました」と言って、店の奥からKとRのラベルがついた、茶色の、取っ手つきの箱を運んでくる。

TAFの引き出し

わたしは整理整頓がぜんぜんできないのだが、整理整頓への関心は持ち合わせている。それにもまして、膨大な数の引き出しであったり、箱であったり、ラベルであったり、またそこに癖があったりそっけなく事務的に書きこまれた数字やアルファベットなどを見ることに、たいへんな喜びを感じる。もはや整理整頓への関心というよりも、同じかたちの四角いものがたくさんあるのが好き、というこの性質が、じぶん史において何に端を発するものであったかは今のところわからないのだが(とくに理由もないかもしれないし)、他には、切手(四角)、タイル(四角)、本(四角)、チケット類(四角)、封筒(四角)、缶(四角)などがある。ついでにいうと、四角くなくても好きなものはたくさんあって、瓶やボタンなどである。

さて、店員さんが持ってきてくれたKとRの箱の中には、同じ種類の刺繍ごとに透明の袋にハンカチが入っていた。
まずKの箱が開けられ、カウンターの上に広げたなかから、Kのハンカチを決める。ひとつひとつ順番に、、、なのだ。
―あなたがいま考えるべきはKのことであって、Rのことではないのですよ。ましてや、AやFやLのことであるはずがないではありませんか。

ようやくKを選び終えると、店員さんがRの箱を開けてくれる。箱の主導権は完全に店員さんにあるように思われた。Rの箱を開けるとき「KよりRの方が種類が多いですよ」と言われ、実際にそうだったので、フィレンツェにおけるアルファベットのニーズの「K」は「R」より少ないということなんでしょう。

 

刺繍屋さん

 

TAFのハンカチ

 

白やアイボリーの糸で刺繍の施された真っ白のリネンハンカチ。

不可思議なのだが、わたしは自分のイニシャルである「M」を買っていない。細長いカウンターで店員さんと向き合っていたあいだじゅう、頭が、完全に贈り物を選ぶモードになっていたためであろう。
もしタイムスリップしたら(あるいは、また行くことがあったら)、もちろん店員さんにMの箱も持ってきてもらうつもりである。Mの種類は少ないほうではないんじゃないかな。イタリアにはMariaさんがいるのだし。

 

 

 

―TAF―

Via Por Santa Maria 17r. FIRENZE


Written by mariko